連載物語/プロジェクトのデッサンを始める (2.1)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第2章 船乗りを集め、地図をつくる

  • プロジェクトのデッサンを始める (2.1)

機械情報産業局、情報三課内で第五世代プロジェクトをどのような位置づけですすめるかについて議論があるが、この結論に先行して、児西はプロジェクトのデッサンを始めるとともにプロジェクトの体制つくりの準備を始めている。加えて、技術的な中身に対する興味が湧いてくる。非ノイマンというキーワードの魅力に惹きつけられてしまったのだ。非ノイマン以外にも児西が熱中することがある。それは、長期プロジェクトになるので、企画立案の手法、技術予測、社会環境の予測、研究開発管理、研究開発組織のあり方など多くの課題がある。これらをどう決めていくのかということである。この答を考えるだけでも楽しくなる。しかも、通産省流に仕事を進めるということは、担当官である児西がほとんど自分で決められるということだ。

非ノイマンというのは、論理的にはノイマン以外ということであるから、ほとんど何も規定していないのと同じだ。ノイマンマシンとは、コンピュータの演算をおこなうCPUが、記憶装置から命令を順番に取り出しては、演算結果を記憶装置に書き込むというのが基本だ。実際のコンピュータは、非常に複雑な構造をしているが、この基本的な構造は変えないで、単に「早く、大量に、正確に」を実現するための工夫をしているので複雑な回路になっているだけだ。この全部、または一部を否定しても非ノイマンということになる。したがって、人によってその定義が少しづつ違っている。

ノイマンマシンの具体的な問題点は何か。フォンノイマン・ボトルネックなる言葉がある。CPUと記憶装置のあいだを大量の情報が行き来する構造なので、ここに物理的なボトルネックがくる。しかし、それ以上に大きな問題として、コンピュータで動作させるプログラムを開発する作業にこの構造が悪い影響を与えているのではないかという指摘がある。人間の思考過程は、逐次的ではなく、並列に行われるし、CPUが行なう演算のような論理的な処理ばかりではなく、連想やアナロジーを駆使している。このような人間本来の思考過程を逐次処理の世界に閉じ込めているという指摘である。このため、ソフトウェアの生産性が低いなど、種々のソフトウェアの問題が起きている。

また、現在のコンピュータはあまりにもソフトウェアに依存しすぎているということも指摘されている。フォンノイマンがコンピュータを開発した時代は、論理回路や記憶装置が高価な時代であった。VLSIが利用可能になる時代には、もっと多くのことをハードウェアで実行し、ソフトウェアの負担を小さくできるはずだ。このような考え方である。このソフト依存ということに加えて、セマンティック・ギャップということも指摘されている。この意味は、コンピュータで演算を実行する機械語と実際にコンピュータで解く問題の構造の間に意味的な開きがありすぎる。このギャップが大きいために、コンパイラ等のソフトウェアが肥大化するという問題が起きる。このギャップを小さくすれば、OSなどももっとすっきりした構造が実現できるのではないか。この発想から高級言語マシンが提案されたりしている。これら二つの指摘も非ノイマンに関連してよく議論されている。

非ノイマンという言葉が、それ自体では何も規定しないことが分かる。また、その背景にある問題意識も分かった。ともかく、非ノイマンという言葉は、コンピュータの構造をその基本思想に立ち返って見直すためのキャッチフレーズかスローガンの役割を果たしている。非ノイマンの例として、もっともラディカルには、データフローマシンのように現在のCPUの中心にある逐次制御の仕組み(これを逐次制御カウンタ、SCCと呼ぶ)を否定するものがある。また、並列処理を実現するだけの提案もある。これらをすべて非ノイマンという人もいるようだ。非ノイマンの概念がまだ固まっていないということは、日本独自の非ノイマンを考案する余地があるということでもある。

この前提で、これからの作業を進めるためには、どのような人々を集めなければならないのか。研究開発プロジェクトを組織するには、どのようなグループをいくつ構成する必要があるのか。これを考える。一般に、研究者というのは、問題を解くことが得意な人々である。しかし、ここまで基本に立ち返って枠組みを考えるためには、そのような優秀さではなく、別のタイプの研究者が必要になるはずだ。児西の理解では、ウイーナーもノイマンも天才的な思想家である。思想レベルのひろがりをもつ、骨太の人物を探してこなければならない。しかも、情報処理の基礎理論の世界からこのような条件の人物を探すことになる。同じ問題意識をもっている人はいるのか、一人の人物なのか、あるグループなのかも分からない。ともかく、基礎研究の世界で探してみることが必要のようだ。

一方、コンピュータ・アーキテクチャを研究している大学や産業界でも、種々のアーキテクチャ上の改良、非ノイマン的な新しい試みもアドホックに行われている様子だ。これらの動きは、なんらかの思想的基盤のもとに行われているというよりは、ハードウェアの、特にデバイス技術の進歩を活かすための一つのアイディアとして非ノイマンがあるように見える。ともかくこの問題意識をもつコンピュータ・アーキテクトのコミュニティが存在しているのは確かだ。しかも、メーカの近くに位置している。このコミュニティを取り込む必要がある。

現在のコンピュータの限界を熟知しているユーザや、情報産業の中に身を置いている人々も巻き込んだほうがいい。現在のコンピュータとは、IBMの汎用コンピュータそのものなので、IBMを熟知している人ということになる。しかも、ソフトウェア危機という言葉に代表されるソフトウェアの問題を、ハードの専門家としてではなくソフトの実務として分かっている人々が好ましい。最後に、十年先に世の中に出てくるコンピュータを開発するプロジェクトであるので、十年先を予測し、考える人々を巻き込むことが大切だ。十年先のニーズを定義する必要があるのだ。はたして、そのような作業が得意な人々はいるのか。

ここまで考えて、全体の構図を描く。デッサンは図のようになる。こんどは、この図を眺めて考える。非ノイマンは、これら4つのグループを糊付けする魔法の言葉のように見えるが、実は既存の枠組みにとらわれずに進めるというキャッチフレーズあるいはスローガンで何も具体的には規定していない。

プロジェクトのデッサン.gif

図1 ↑クリックして拡大

このことは、十年先のコンピュータのイメージ、目標をまず考えなければならないことを意味する。その目標と非ノイマンは多分自然に結びつくことになるだろう。こう考えると、目標を設定する作業が最も大切で、最も大変な作業になりそうである。目標の設定には、どのような手順ですすめるのがいいのか、どれだけの時間がかかるのか。児西は、このミッションを実行するためのアクティビティを定義し、アクティビティ相互の関係を設計しなければならない。現実には、委員会形式で進めることになるはずなので、委員会の中に、どのような分科会を設置するのか、ワーキンググループとして何が必要かを考え始める。

しかし、机の前で考えて、答えが出るわけではない。人に会って意見を聞きながら答えを探っていくより他に手はない。芝居の脚本を考えるまえにどのような役者がいるのか、こちらにあたりをつけるのが先であるように思えてきた。児西は、これ以降、多くの人々にコンタクトする。芝居や映画でいえば、キャストを考えるプロセスに相当する。このキャスティングの戦略として、産業界に近い人々へのコンタクトと研究コミュニティへのコンタクトの両方を同時並行的に進めることにする。1978年の秋のことである。この一連のヒアリングは78年の11月に終了するので、短期間のうちに児西は数多くの人々にインタビューして人の輪が広がっていく。



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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:34 JST (3888d)
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