連載物語/メーカと電電公社のヒアリング (2.4)

メインメニュー

Top > 連載物語 > メーカと電電公社のヒアリング (2.4)

わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第2章 船乗りを集め、地図をつくる

メーカと電電公社のヒアリング (2.4)

さて、国産コンピュータメーカを放って置くわけにもいかない。児西はメーカの通産担当窓口にヒアリングをしたい旨の文書を送る。この内容は、例の「国産コンピュータは従来、常にIBMを目標とし対抗機種を開発することによりこれまで発展してきたが、IBMの開発思想の延長線上で戦うのでは常に後塵を拝しているだけにとどまる。このため、現在のコンピュータの動向を踏まえつつも、長期的な視野のもとに、革新的な思想、技術をとり入れ新の意味で世界をリードする国産技術を育成し、国産コンピュータ技術を自立発展させることが必要である。…」というくだりの檄文を含んでいる。メーカの通産担当はこの文書の調子にびっくりして電子政策課の担当官である児西のところに飛んで来る。国産メーカの誰からヒアリングをすればいいかは相磯教授から事前に聞いている。通産担当にヒアリングをしたい相手の名前を告げてスケジュールを決める。国産メーカについては、同じ日に各メーカ1時間づつヒアリングを行うことにする。78年10月中旬のことだ。このヒアリングには、JECCの栗田昭平にも同席してもらうことにする。

国産メーカの開発者の中には、はっきりと「非ノイマン」を目指すのをやめて欲しいことを主張する人物もいた。この時期には電子協を通じて児西のイメージは、エキセントリックな役人としてメーカ筋に広まっていたようだ。「非ノイマンについては、パターン情報処理や超高速処理などに適用される。しかし、民間には非ノイマンに手を出す余裕はなく、プロジェクトを実行できるのは電総研か電電公社の通研だけである」「また、ノイマン型のコンピュータは人間の思考にマッチしている。ノイマン型でいくべきだ」「第五世代はVLSIの延長線上にある」という調子で、この危険な通産省担当官をなんとか正気に戻させようと努力する様子も見てとれる。

このころの国産メーカに共通した問題意識は、VLSI技術をどう使いこなすかが最大の課題と捉えている様子が一連のヒアリングでも分かった。この背景には、VLSI技術が拓く可能性を正確に捉えていることもある。それと同時に、各社ともコンピュータの本体装置(CPU)の設計に最高の人材を投入しているが、VLSIの可能性を追求しその成果を享受するために必要十分な技術者がいるわけではないことを示唆しているように思えた。このためVLSI CADのプロジェクトの必要性が指摘されてもいる。しかし、通産省のVLSIプロジェクトは終結することになっており、その後継プロジェクトを何にするのかが課題になっている時期である。大蔵省を相手に、代わり映えのしない内容で予算がとれるとは思えない。基礎的な技術を開発した後の実用段階のコストは民間が負担すべきだという大蔵省の主張もある。

国産メーカ以外では、日本ユニバック、日本バロースのヒアリングを行った。これらの外資企業の方がむしろ、非ノイマンに対するアレルギーは少ないというのが児西の印象であった。セルラーロジックや連想処理、音声認識などへの期待を率直に語ってくれる。

電電公社通研、データ通信研究部の戸田統括調査役に対しても、この一連のヒアリングの中でインタビューをする。電電公社のメインフレームコンピュータDIPSプロジェクトの統括責任者であり、通研では戸田天皇と呼ばれている人物である。児西は、通産省から電電に復帰したのちDIPSプロジェクトに再び参加する。こんどは実務家というよりは、戦略立案スタッフとしてDIPSプロジェクトの中で活動することになる。このため、戸田巌との付き合いは電電公社に復帰した1980年から90年まで続くことになる。90年に児西はDIPSプロジェクトを離れて、NTTデータ通信に転籍し、米国を舞台にして次世代DBMSプロジェクトを立ち上げる。この転籍を契機に付き合いは一時期とだえるが、それまでの十年間という長い付き合いの始まりである。

戸田統括調査役が説明に使った資料は、踊るような字体の手書きの資料であり、後になってこれが有名な村岡洋一の筆跡であることを知る。話された内容は、論理的であまり夢のあるものではなく、コンピュータのアーキテクチャについても、並列処理よりは汎用コンピュータを超伝導のジョセフソン素子を使って高速化するほうがいいのではないか。というふうな意見が多かった。ただし、高級言語マシンについては期待をしている様子が見られた。一通り話しを聞き終えた後に、児西はついいつもの「いたずら心」がでて質問をする。「ところで、戸田さん、DIPSは通信指向コンピュータだそうですが、DIPSのどこが通信用なのですか」児西は出向直前までDIPSのSEであったので、DIPSについてはよく知っているが、ついつい質問をしてみたくなったのだ。この質問には、常に冷静な戸田巌もほんの一瞬の動揺を見せた後に応える。「世の中にオンラインが普及してきたので、DIPSで強化した通信制御まわりの機能は市販のコンピュータでも普通の機能になりこの点では大きく違うところはなくなってきている。それ以外では、DEMOSのようなタイムシェアリングで多くの端末からの利用を意識して、2次記憶へのアクセスがボトルネックにならないように、I/Oスループットを強化した」このような答えであった。児西は意識してはいなかったが、この質問は電電公社の通研がDIPSプロジェクトを始めるにあたっては国会で問題になり、電電公社のDIPSプロジェクトは通信用コンピュータ、通産省のコンピュータ開発プロジェクトは汎用コンピュータという整理がされたといういわく付きの質問だったのだ。

多分、このインタビュー時のやり取りと、79年度の第五世代委員会での児西の活動や児西が作成する知識地図とシナリオ(パイプの絵)が好奇心の強い戸田巌の興味を引き、通産省への出向期間があけるとすぐに、児西は横須賀通研、データ通信研究部に異動することになる。当時のDIPS開発部隊でも、IBMの次期シリーズを意識しており、DIPSとしての「次期システム」を検討するプロジェクトチームが結成されていたのだ。村岡洋一がこの「次期システム」検討プロジェクトの責任者になっている。

通産省で活動し、電電公社からは「糸の切れた凧」状態になっている児西は、横須賀通研DIPS部隊が検討している「次期システム」プロジェクトの様子についてはまだ何も知らない。しかし、79年度になって第五世代の委員会が始まり、児西が熱中して活動を始めるにつれて、電電の側からは、児西は単なる「糸の切れた凧」ではなく、本籍地である電電と競合し、走り回る「鬼っ子」としても見られるようになっていたようだ。



prev.gif 前へ                      

          




トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:35 JST (3832d)
© Knowledge Produce Inc., 2005.