連載物語/ユーザ官庁と手を結ぶ (1.5)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第1章 新しい産業政策を

  • ユーザ官庁と手を結ぶ (1.5)

政策の曲がり角で、まったく新しい技術の可能性をさぐり、開発を考える。しかし、これは長期的な挑戦であり、研究開発をともなう内容であるので賭けでもある。これ以外にも、種々の施策をセットで進めなくてはならない。中野の頭の中にはいくつものアイディアがある。税制を整備して情報化が進展するのを促すのもその一つである。情報化のための設備投資を促進するには、税制上の優遇措置が有効だ。このような施策は、地味ではあるが効果があることを中野はよく知っている。こちらは、総括班に指示してすでにアクションをとっている。

もう一つ考えているのが、ユーザ官庁と手を結ぶという戦略だ。ユーザ官庁とは、一般的な呼称ではない。通産省の立場からの用語である。電子政策課の場合では、コンピュータの市場として有望な産業を所管している他の省庁ということだ。その省庁と手を結び、その省庁の政策と連携すれば、新たなコンピュータ市場が拓らけるのを政策が後押しすることができる。このような視点から、実際に交渉を進めた官庁として農林省がある。

農林省では、農業構造改善事業という施策を長期にわたって続けている。これは国庫で50%を補助する事業であり、その事業予算は毎年、二千億円規模で続いている。もちろん当初は、農業の機械化、技術の導入からはじまり、農業道路の整備、公民館の建設などにまでその対象が広がっていった。最近は、バイオ技術を使ってのエネルギー開発の実験も行われ始めている。そして今や農業も情報化にシフトしてきている。農村無線、CATVなどである。また、当然のことであるが、コンピュータなどの情報機器も導入され始めている。

中野のこの意図を受けて、児西は農林省との協力関係を実現するための下準備を進めている。具体的に考えている協力関係とは、農村にコンピュータを導入するためのモデルを通産省の側で開発する。農林省の側では、そのモデルを導入する事業を構造改善事業の補助対象にする。この仕組みを実現するための準備である。この構想を通産省内で新政策として打ち出す。省内での説明に並行して、実現に向けて農林省との調整を始める。当初は農林省との交渉もうまく進んでいたが、途中で暗礁に乗り上げる。暗礁に乗り上げた理由はいくつかある。官庁どうしの縄張りという最も微妙な領域に対して、児西の配慮が足りなかったことも理由の一つである。

この暗礁から脱出するために、途中から中野もじきじきに交渉にあたる。しかし、省庁間の問題がこじれると、なかなか打開できない。最後には、米価審議会に関係する大物も調整に乗り出し、前田電子政策課長にもお出ましいただいたが、結局のところ調整は不調に終わってしまう。これは児西にとって苦い洗礼であった。やはり、データ通信本部で技術を開発したり、システムを構築する業務とは違う、政治も絡む世界である。

苦い洗礼ではあったが、児西にとって農業関係者とのつきあいは新鮮なものであった。みな、やはり日本の農業のために奔走しているという農業青年の集まりである。泥臭く、土のにおいのする農業が国の基盤にあってはじめて国は成り立つ。このような情熱を感じさせる活動家が、地域で働きかけをし、国の政治にも働きかける。情熱と、活力と、地域と、中央と、政治と、あらゆるものが混ざり合う。農業でつきあった人々にはエネルギーとこころざしがあった。情報処理についてもこの時代には、こころざしのある人は多かった。最近の、インターネットの時代になって、情報処理の世界では、金儲けだけの人が増えてしまったような気がする。

情報産業政策と農業というと最も遠いところにあり、関係がないように思える。しかし、社会システム開発室が電子政策課にあるので、農業は身近な話題でもある。ときどき、農業関係者から地方の農産物や地酒が差し入れられたりする。すると、夜ともなると課内のソファーで酒盛りが始まる。課員は若いのでよく飲む、話題も豊富で、地方の農協で行われているバイオ実験の話から水耕栽培のトマト、CATV、新交通システム、IBMの戦略、天下国家に話しが及ぶ。やがては夜の町に繰り出すことになる。このような雑多な会話の中にも、「昨夜は、ビデオカメラをもって大活躍。疲れたよ」、「何を撮っていたの」、「いやあー、みっちゃんは元気がいいので、…」などという会話が紛れ込んだりする。この「みっちゃん」が実は農林大臣のことであったりするので、どこに、どのような回路があるのかはまったく分からない。しかし、古き良き時代の付き合いである。この活力の中に共通にあるのは、同志的な雰囲気と、やはりある種のナショナリズムであるように思える。

児西は、CATVを生活情報システムとして普及させる仕事をベースロードとして進めている。これに加えて新政策としては、この農業情報化の施策と、第五世代コンピュータプロジェクトの立上げ準備を並行して進めている。特に自分が担当する新政策二つのうちの一つである農業関係は失速した。児西は、もう一つの第五世代の方はなんとしても成功させなければと考える。チャンスを与えてくれた中野総括班長の顔をつぶすわけにはいかない。しかも、第五世代の方は、児西が自分の土俵であると考えている情報産業のプロジェクトである。距離感のある自分の世界で、失速するわけにはいかない。

(2005.11.11)



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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:35 JST (4065d)
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