連載物語/何かできるかも知れない (1.3)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第1章 新しい産業政策を

  • 何かできるかも知れない (1.3)

通産省には大学で理科系を専攻して入省したキャリアである技官もたくさんいるが、省内で、さまざまなポストを一年か二年で異動していくので、情報産業を所掌しているといっても、コンピュータ技術の詳細まで知っている技官は少ない。いきおい課員から、技術に関する質問が児西のところにくる。児西はそれらの質問に丁寧に答えはするが、自分の仕事はそんなものではないと考えている。役人に対する技術のコンサルをするために出向してきたのではないはずだ。しかし、古巣の電電公社から別に何をしろと指示されてはいないので、自分で考えることにする。糸の切れた凧のような解放感も味わえる。

あるとき総括班から、「児西さん、いま総括班では、コンピュータ税制の変更を考えているのですが、少し協力してくれませんか」という話しがくる。総括班は、国会対応などの窓口であり、総務課と連携して雑多な仕事をこなす。レンタル会社のJECCも総括班が面倒をみている。この関係で、コンピュータの導入促進を図るための税制を整備するのも総括班の仕事だ。「なんでしょう」「実は、税制を変更した場合の効果をシミュレーションしたいので、プログラムを作ってもらえないでしょうか」ということだ。通産省内には、官房の情報管理課が面倒をみているタイムシェアリングシステムがあり、電子政策課にもTSSの端末がある。その端末を使って計算して欲しいという。プログラミングが苦手なことを理由にお断りするが、技術者としてきているのではないというのが本音だ。

通産省で二、三ヶ月が過ぎたころから、児西は自分がかって思ってもみなかったような権限を手にしているらしいことに気がつき始めていた。もしかしたら、電電公社、データ通信本部の時代から考えていたいくつもの夢の一つくらいは、この通産省という舞台で実現できるかもしれない。すくなくとも、行動することはできそうだ。このように考え始めていた。児西は、データ通信本部でDIPSというメインフレーム・コンピュータの開発に携わっていたころを思い出す。IBMを向こうにまわして戦っているという感覚。IBMが新機種を発表する都度、そのコストパフォーマンスの分析をする。大型機が発表された場合には、分析結果は電電公社の技術を統括する副総裁のところまで報告があがる。IBMがSNAを発表し、関連する論文がIBMジャーナルに載れば、始業時間の前から集まって、早朝の勉強会をする。若手の技術者で輪講をする。六本木にある日本IBMの本社にいって、詳細なマニュアルを購入しては、新しい製品の仕様や機能を調べたものである。当時は、これらのマニュアルをオープンに入手できた。独占禁止法訴訟の影響があったのかもしれない。児西が幹事をしていたこの輪講は毎朝行った。かなりハードではあったが、一年間以上も続けた。そのときの上司、島崎調査役も毎朝出席していた。それくらいの緊迫感の中で、IBMを意識してDIPSのプロジェクトを進めていたのだ。上司の島崎もその後任となった隈元も、通産省、電子機器電機課へ出向した経験がある。地方の通信局への異動を霞ヶ関方面に切り替えたのは、この二人に違いない。

データ通信本部の時代に、夜だけ未来工学研究所に通っていたことがある。そこでは、技術同友会の事務局をしていた先輩が、技術予測の技法の勉強会を開いており、児西も参加していた。技術同友会というのは、エンジニア出身の経営者のあつまりで、当時は東芝の土光さんが会長をしている。この勉強会の動機は、戦後の日本の復興を支えたORやQCにかわる新しい手法は何かというものであった。時代の変化に応じて、手法も変化するのではないのかと考えていたわけである。その場で調べた、米国で行われている大規模プロジェクトの立案手法。その手法が適用されたアポロ計画などが頭に浮かぶ。何かできそうだ。いや、何かすることにしよう。この自由に発想し、政策を考える官庁にきたのは、またとないチャンスに違いない。

児西は、このように考えているものだからあまり雑用は引き受けない。総括ラインで面白そうな案件があれば、むしろ首を突っ込んでいく。当時の総括班の机上には、電電公社問題などというファイルも置かれている。児西が椅子を後ろに回転させるだけで、目の前にそのファイルが見える位置である。電電公社問題といっても、いろいろある。電電公社は、日米ハイテク摩擦の当事者でもある。電電のハイテク摩擦に対する態度は、「ぞうきん、バケツの類しか買うものがない」と米国を撥ね付けている状態だ。この状態を見かねて、「児西君、日米摩擦の問題を扱っているのはどこなんだい。今の対応を続けるのはまずいので、担当の人に会って話をしてみたい」と中野がいう。電電、技術局の総括部門に中野を案内して、「米国から調整にきている代表団もしょせんは、役人である」「はねつけてばかりでは、かれらの面子がつぶれてしまう。役人に面子が大切なことは日米おなじことだ」「なにか適当なおみやぜを持たせて帰してやるのが上手い手で、門前払いはまずい」「いまの対応のままでは、長期的にはアメリカのやり玉にあがって、かえって失うものが多くなる」という調子で話をする。残念ながら、このような話し合いも効果がなかった。それどころか、翌日に児西は技術局の総括部門から呼び出される。「なんだ、あの役人は、まだ若いのに天下国家をしょって立っているような口の利き方をする」という調子でにべもない。しかし、天下国家をしょって立っているという気概があるから中央官庁の役人はあれだけの仕事ができる。とくに「人の通産」では、若手官僚に重要な仕事をまかせるので、気概のある人物が多く育ったのであろう。

総括班はまた、郵政省と通産省の調整もその任務の一つである。特に、電気通信と情報処理の境界領域が情報通信として新たな産業分野として大きくなっていくことが予想されるのでここをどちらの官庁が所掌するのか、俗な言葉でいえばどちらの縄張りにするのかという権限争いである。電電公社問題の中には、この視点から電電のデータ通信本部をどう位置づけるのかということも含まれていたに違いない。総括班に新たに着任した担当官が、「郵政省って、いったい何なんだ」という調子で叫んでみたりする。たぶん、何かの案件で郵政省との調整が難航しているのだろう。「児西君に聞いてみればどうだ」と中野がいう。 「郵政省というのは、手紙の配達、郵便貯金の業務、…」と児西が指を折りながら思い付く順番に郵政省の業務をしゃべり始める。「おいおい、児西君、そんなに電電の論理を振りかざすんではない」と中野が笑いながら応える。

このやりとりの背景には、電気通信政策は、だれが権限なのかという微妙な問題が絡んでいる。もともと、郵政省と電電公社は一つの官庁であった。この官庁、逓信省が郵政省と電電公社に分割されるときに、電電の側が実質的に電気通信政策をもって官庁から出てしまったといういきさつがある。児西の答えの中に、電気通信政策が含まれていないことを中野は指摘しているのだ。電電公社を所管するのは郵政省である。ところが電気通信と情報処理が融合する情報通信の分野に電電公社がデータ通信本部を組織して新規事業を開拓している。この郵政省所管の組織の縄張りに食い込んでいこうとするのが通産省の電子政策課である。そのため、児西は電電公社問題に関しては微妙な立場なので、首を突っ込まなかったが、総括ラインが進める案件には積極的に関心をもち、係わっていく。たとえば、データベース振興センタの設立をめざす新政策、これは資源エネルギー庁から電子政策課に異動してきた横山勝雄とコンビを組んで進めた。彼は技官であるにもかかわらず総括班に着任して仕事をすることになり張り切っている。もう一つは、マイクロコンピュータを武器に、埋め込み型システムを開発するシステムハウスに関わる仕事などである。マイクロコンピュータが普及し始めたこの当時、東京と大阪を中心に7、80社程度のシステムハウスのグループが形成されていたのだ。このグループのひとびとが業界団体を形成し、通産省が所管する社団法人になるようにする地ならしの仕事である。これらの仕事は、今から始まる第五世代プロジェクトと並行して行なったものである。児西が熱中するこの第五世代プロジェクトは次のように始まる。

(2005.10.31)



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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:35 JST (3832d)
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