連載物語/栗田昭平とADL社調査 (2.2.1)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第2章 船乗りを集め、地図をつくる

  • 七人の侍を集める (2.2)
  • 栗田昭平とADL社調査 (2.2.1)

栗田昭平、JECC調査室の室長である。JECCは、通産省が国策で設立したコンピュータのレンタル会社である。IBM成功の一因はレンタル制度にあると言われる。豊富な資金力が必要になるこの制度を国産コンピュータ各社は自力で実現することができない。そこでJECCが国産各社からいったんコンピュータを買い取り、JECC経由でユーザはレンタルする仕組みを作った訳である。しかし、JECC調査室長の役割はレンタルに関する調査をすることではない。栗田昭平の役割は特別である。日本では数少ないIBMウオッチャーである。栗田はIBM―テレックスの独占禁止法裁判の全記録を読んでいる。IBMに関する辞書が頭の中に入っているような男である。この裁判の過程でIBM社の内部資料が明るみになった。この中には、IBMの次期システム(Future System FS )に関する情報も含まれている。

電子政策課の主要な任務は国産コンピュータメーカの育成であり、その育成策とIBMを中心とする外資対策は裏腹の関係にある。外資対策の参考情報を収集するのも、JECC調査室の役割の一つである。といっても、007のような情報収集ではなく、幅広く公開情報を集めて分析し、外資メーカの動きを読む。この作業を地道に継続する。栗田はその作業結果を定期的に通産省に報告する。それはボールペンで書かれたレポートで、インクのかすれたその筆致は独特である。イリノイ大学室賀教授のいわゆる「室賀レポート」を思い出させるものがあった。

このJECC調査室が電子政策課の中野総括班長からの依頼で米国の最近の事情と技術の動向を調査することになる。この調査項目の中には非ノイマン技術も当然含まれている。この調査はJECCからアーサー・ド・リトル(ADL)社に委託される。ADL社から9月に中間レポートが報告される。その内容は刺激的であった。IBM社のメインフレームが変化することを大胆に予想している。CPUが大量のマイクロコードをもつようになる。このマイクロコード(ファームウェア)を入れ替えることにより、フォートラン、コボル、データベース向きのマシンに変身する。いわゆるカメレオン・プロセッサが登場する。また、1982年にも本体系の構成がメモリ中心のアーキテクチャからバス中心のアーキテクチャに変更される。バス中心のアーキテクチャは、機能分散システムへ進むための仕掛けにもなると考えられるので、これもIBMが新しい方向に進むことを示唆している。新しい応用分野として、オフィスオートメーションが数年のうちに展開する。システムの形態として分散処理が80年代に急速に発展することを予言している。

非ノイマン機能については、報告書ではノベル・アーキテクチャと表現してこれらの新しい技術の芽を分類することから始める。その後で、4つの有望なアーキテクチャとして、連想プロセッサ、並列プロセッサ、多重プロセッサ、データフロープロセッサをあげている。中野、児西らが興味をもっているデータフローについては米国政府も注目していること、80年代末から90年代に実用化される技術であるとしている。児西はこの中間報告の内容を中野総括班長に伝えて、来年度から始める委員会の準備をもっと組織的に行うこと、具体的には勉強会を開くことを提案する。中野もその勉強会の場として引き続きJECCを使う根回しをしてくれる。栗田がこの勉強会の事務局をしてくれるという。栗田はこれ以後、第五世代のプロジェクトで積極的な役割を果たすことになる。委員会が発足した1979年度は、唐津一が率いる社会環境条件分科会のメンバになるばかりではなく、海外文献調査WGの主査として精力的に文献を調査し、情報処理のシナリオをサーベイすることになる。

栗田は、本質的にフリーランスである。十年を超える第五世代のプロジェクトの間に、JECCをやめ、「コンピュータ・ワールド・ジャパン」の社長になる。しかし、そのポストもまもなく辞して、完全にフリーのライターとして活躍する。IBMの戦略を分析する書物を執筆したり、米国のIBMウオチャーの書物を翻訳したりが中心の活動である。しかし、長いプロジェクトの期間、彼は一貫して第五世代プロジェクトのシンパとして活動する。栗田の経歴や風貌は、一見ハイカラな印象を与える。しかし、ひとたび酒が入ると彼の中に脈々と流れるロマンチシズムを垣間見ることができる。彼は満州で生まれ、少年時代を満州で過ごす。その時代の民族がもっているロマンが北満の原野の光景とともに彼のひとみに焼きついている。このため、一時期ペンネームを北正満と「北満」の二文字を入れるように改名したことがあるぐらいである。第五世代プロジェクトのロマンに共鳴して、このプロジェクトを脇から支えた侍の一人である。


                    


          




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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:35 JST (3944d)
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