連載物語/上條史彦 (2.2.2)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第2章 船乗りを集め、地図をつくる

  • 七人の侍を集める (2.2)
  • 上條史彦 (2.2.2)

情報処理振興事業協会(略称IPA)の理事をしている上條史彦と児西が最初に出会ったのは、電子政策課の隣、情報処理振興課が主催していたデータベース産業の勉強会である。もっとも、ここでいうデータベース産業とは、情報提供業のことである。勉強会の主旨は、データベース産業(情報提供業)をテークオフさせるための政策を研究することである。この勉強会では、毎回テーマを決め、有識者を招いて講演をしてもらう。その後にディスカッションが始まる。

まず第一回には普通にいうデータベース管理システムについて勉強しようということになり、上條に、IBM社のデータベース製品であるIMSについて解説を依頼している。上條が、IMSのアーキテクチャを説明し終えたあと、児西が質問する。「今お聞きしたIMSのアーキテクチャは、多分いくつかの改良がなされていると思います」上條はおやというふうに児西を見つめる。「そうでなければ日本の銀行システムの高トラフィックを捌けるとは思えません」上條はこの質問に驚きつつも、IMSアーキテクチャの基本がどのように改良されたかを簡単に答える。電子政策課に、おかしな技術が分かる人物がいる。上條の印象である。上條にとって児西はその時が初対面であったが、児西の方は上條が出版した本をいくつか読んでいる。「オペレーティングシステム入門」もそのうちの一つで、児西が新入社員の時代にOSのしくみを勉強したテキストである。その本の最終章でオペレーティングシステム(OS)の将来について上條の見解が述べてある。また、雑誌のOS特集などで将来技術を展望する記事を書いたりしている。これらの将来展望が児西には印象的であった。このように将来を展望する見識に出会うとき児西はその人の名前を頭に刻み込む。そのテーマがコンピュータに限らず科学技術や社会の変化であっても同じである。通産省の役人になって楽しみと感じるのは、このように書物でしか会えないと思っている人々に直接会う機会が結構あることである。

上條は、かってIBM社で仕事をしていたが、通産省にスカウトされてIPAに移っている。IPAは、日本のソフトウェア産業の振興、ソフトウェア流通の促進などを目的にIPA法と呼ばれる法律にもとづいて設置された特殊法人だ。IBM社の前には、マサッチューセッツ工科大学のMULTICSプロジェクトに参加していたことがある。この先進的なOS開発プロジェクトはメインフレーム各社のタイムシェアリングシステム用のOSに影響を与えた。UNIXもMULTICSから派生したOSである。

ある日、児西は浜松町の貿易センタビルにあるIPAを訪問する。上條は児西を同ビルの二階にある喫茶店に誘う。そこで児西は第五世代プロジェクトを企画する背景を説明する。資料は機械情報産業局内で新政策を議論するために使ったものだ。B4横長のガリ版刷りのワンペーパーである。この資料は「次々世代コンピュータの開発」というタイトルであった。まだ第五世代というネーミングは決まっていないころだった。上條はじっと児西の説明を聞く。この若者はどういうバックグラウンドの人物なのであろうか。IMSのオンラインの制御を知っているようだ。技術者のようであるが、話す内容は通産省の役人らしく政策的だ。上條はいくつかの質問をする。柔和な表情であるが、その目の中には厳しいものがある。

「この非ノイマンマシンという言葉を非IBMマシンということにしませんか」「非ノイマンのキャッチフレーズは、一部の人々に反発されていることは確かです。しかし、革新的なものを狙いたいのでこの旗は降ろしたくないのです」「IBMに対抗するということを随分と意識しているようですが、それは何故ですか」「IBMは技術の進歩をコントロールする。いい技術であってもIBMが採用しなければ消えていく。これが技術者として我慢できないのです」「このプロジェクトの狙いですが、国家セキュリティを考えていますか」「考えています。米国に屈したくない」 ……、「そういう訳でこのような内容を議論する人を探しています。多くの人から意見を伺って委員をお願いする方を絞っていきたいのです」「何人か面白い人を知っています」

「児西さんはリレーショナルデータベースのコッドを知っていますね」「知っています」「ではバックマンは」「その人は知りません、…」「CODASYLデータベースの大家です。1970年にコッドがRDBを提唱したときに、二人の間に歴史的なディベートがありました。予定時間を過ぎても延々と続き、夜を徹してのディベートでした。最後にはお互いに感情をむき出しにして相手を罵り合うほどでした。バックマンはコッドのことをひよこといってデータベースの実際を知らない新参者と扱うようなありさまでした」上條は、じっとその時の情景を思い出すように間をおいてから、「日本では、あまりディベートというものは行われないものですが、このディベートは本当に凄いものでした」「ところで、その会場で一眼レフに望遠レンズをつけてこのディベートの一部始終を記録している日本人がいたのです」「え……」「三脚にカメラを固定して一眼レフで記録をとっていくのです」「その人は、そのディベートの内容をちゃんと理解している方なのですか」「ええ、完全に理解している人です。しかも、その人はその後どうしたと思いますか」「……」「そのディベートの内容と写真をまとめて本を出版し金儲けをしたのです」

予想もしない答であるが、児西は思わず楽しくなる。それと同時にその情景を思い浮かべる。深夜、延々と続く巨人達のディベート。かたずを飲んで見守る人々。その緊迫した空気の中で平然と一眼レフのミラーの音を響かせている男の姿。そう、そのような歴史的な場面に居合わせたい。今回の企画も、新しい時代を創るコンピュータを決める場を用意し、そのための作業を指揮し、様々な活動を演出したい。これも児西の基本的な動機の一つである。

その一眼レフの人物も歴史がつくられる場面にあって、こころ躍らせながらも冷静に、議論をフォローし、巨人達の表情を一眼レフのファインダーの中に切り取っていたに違いない。しかもジャーナリストのセンスでそのような場面に向き合うとは、その人物に会ってこのプロジェクトに引き込んでしまおう。「その人は何という方ですか」「東大理学部情報科学科の國井利泰先生です」 ……、

「IBMに対抗するには、IBMのユーザでしかもその限界を知っている人を仲間にした方がいいでしょう。IBMメインフレームを使ってエンジニアリングの問題に取り組んでいたのですが、IBMマシンではとてもうまくいかないので独自に分散システムを開発した人がいます。三井造船の綾日天彦さんです」「それは、どのような分散システムですか」「FACOM230シリーズの小型機をIBM機にぶら下げて分散システムにしたのです。コンピュータグラフィックスやCADに使っているはずです」 ……、「他にも面白い方がいます。ご専門は機械工学の先生ですが、戦略的な発想をされます。東大の石井威望教授です。プロジェクトの戦略にヒントを下さると思います。この他、ソフト工学をやっているJSDの大野さんも議論してみるといいでしょう」 ……、

児西は、早速これらの人々に会うことにする。


                     


          




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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:36 JST (3832d)
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