連載物語/新しい発想の政策は可能か (1.7)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第1章 新しい産業政策を

  • 新しい発想の政策は可能か (1.7)

総括班長の中野には、児西に担当させることにしたプロジェクトをどう位置づけるかについて、多少の迷いがある。先日、総務課で行われた新政策ヒアリングでは、児西がつくった資料「次々世代コンピュータに関する調査研究」にしたがって、中野みずから総務課の法令審査に説明をしたところだ。この総務課説明時に面白いエピソードがある。児西が作成した資料の中に、非ノイマン・コンピュータのOSに関する予算項目があったのだ。順番に各項目を説明している中野がこの項目にきた時に、はたと話すのを止める。中野の理解では、非ノイマン・コンピュータではソフトウェアが存在しない。肥大化しているOSの問題を解決するのが非ノイマンであるのでOSがないのが当然だ。児西は、非ノイマンといっても制御ソフトが完全になくなるとは思っていないので、このような項目を作っている。中野は、しばらくこの項目を見ていたが平然とこの項目の説明をスキップして次の項目から説明を継続した。まわりで中野の説明を聞いているものには、なぜ中野がこのような振る舞いをしたのか理解できなくてきょとんとしている。中野は、「分かっていないな」という視線を児西に送る。児西は、なるほど総括班長の頭の中ではそのように整理されているのか。あるいは、大蔵省を相手にする論理の世界ではこれくらいの単純化をする必要があることを教えてくれているのかもしれないと考える。

ともかく、このまま進んで、12月には、大蔵省を相手に国家プロジェクトとして認知してもらうための折衝をすることにするのか、もっと別のやり方を考えるのかの決断が必要だ。中野にとっても非ノイマンは夢ではあるが、海のものとなるか山のものとなるか不明の道楽という色彩もある。彼は、事務官であるといっても、常に業界のトップ達とコンタクトしているので、技術の開発についても距離感をもっている。一発逆転を狙う政策ひとつにすべてを賭けるほど、中野はあまくない。客観的にも、非ノイマン方式はフィージビリティ・スタディーの段階だ。児西との話し合いでも、事前の調査をきちんとした方がいいということだ。中野はJECCに依頼して、米国の動向を調査することを決めたところでもある。しかも、機情局で進めているVLSI開発プロジェクトの後継を何にするのかをめぐって、業界との調整が必要な時期である。大蔵省と各省の間には、暗黙のうちに予算枠という考え方がある。この枠は、ある程度は、省庁の既得権のようになっていて、その枠に入っていれば、それほどの抵抗もなく大蔵省に認められることも多い。

このVLSIプロジェクトの枠を、非ノイマンコンピュータの開発に使う案には、メーカは乗ってこないことは明らかである。メーカからすれば、来年にもIBMの次世代機種が発表されそうな時期である。目の前の脅威に対抗することで頭がいっぱいである。この時期に、従来からの互換性がくずれる新しい方式の開発に乗り気になるとは思えない。メーカにとってはIBMの次期シリーズに対抗する直接的な施策であることが望ましいのだ。一方、メーカが希望する補助金プロジェクトをふたたびスタートさせれば、米国がだまってはいないはずだ。補助金を要求すれば大蔵省からの反発も予想される。コンピュータ産業も独り立ちをしたはずで、補助金による育成はもう必要ないはずだ。大蔵省はこう主張するにちがいない。それ以上に、中野自身、補助金プロジェクトのあり方に疑問をもっている。あたらしい、政策手段を模索したいのが本音である。中野は国産コンピュータ業界を育成し、外資対策を主眼とする電子政策課の政策の体系を考えるときに初代電子政策課長であり、政界に転じて大分県知事をしている平松守彦の偉大さをつくづくと感じる。電子政策課が1969年に発足してからすでに十年ちかく経っているにもかかわらず平松守彦の土俵の上で、その枠の中にとどまっていることを感じるのだ。


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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:36 JST (3832d)
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