連載物語/電子政策課 (1.1)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第1章 新しい産業政策を

  • 電子政策課 (1-1)

児西は、通産省への出向直前には、泥臭いソフト開発の現場にいた。組織は電電公社のデータ通信本部、第四データ部。電電の標準コンピュータ(DIPS)の導入を支援する組織だ。ちょうどDIPS最新シリーズを出荷した直後のことで、新ハードの上に新しいオペレーティングシステム(OS)を塔載している。郵便貯金オンライン、全国銀行システムや運輸省自動車登録システムなどがこの新シリーズの初期ユーザになる。いずれも世界最大級のオンラインシステムだ。できたての新ハード、新OSの組み合わせを使うことになり、それぞれのシステム開発の現場で多くのトラブルが発生した。基本ソフトのハードとの擦りあわせミスによるバグ、OS、パッケージソフトの使い方のミスによるトラブルなどの多発だ。

このため、データ通信本部、通信研究所(通研)に加えて、通研と共同でDIPSを開発しているメーカ3社が集まるサポートセンタが設置された。児西の役割は、そのサポートセンタの現場監督のようなものである。ここに来てすでに1年以上になる。積み上げられたバグ票に囲まれる日々を送っているところで、人事が発令される。1978年2月のことだ。

電電公社の人事のしきたりはおもしろいもので、直属の組織の長から発令前日の午後に内示がある。データ通信本部から離れて、技術局に異動することになった。内示は電話で知らされたので、上長に「技術局のどこですか」と聞いたが、「あちらに行って、聞いて下さい」と実にそっけない。今回はどこかに移りそうだといううわさは流れていて、ある地方の通信局にいる仲間から「どうもこちらのようですよ」という情報が入ってきたりはしていた。

とうとう、地方でやくざ稼業かと覚悟はしていたが、昨年末にどうも行き先が変ったような雰囲気が漂ってきた。しかし、技術局とは意外だ。技術局というのは、電電公社の技術政策と戦略を決め、通研とメーカを巻き込んで、電電公社のサービスに必要な技術を開発する部局だ。技術局のどこに配属されるかは明日にならなければ分からない。積み上げられたバグ票、やりかけの仕事、できなかった仕事。引き継ぎのメモを書きはじめる。

電電公社の日比谷本社ビル、技術局で出向を知らされる。 「技術局、調査員を発令」 電電公社の職名は独特で、技術開発組織やプロジェクト制をしく組織では、部長相当が調査役、課長相当が調査員という。児西もここで管理職になったわけだ。ただし、以下の言葉がつづく。 「通産省出向、機械情報産業局、電子政策課です。場所を知っているかい」 場所どころか組織の名前も知りはしない。慌てて、メモをとる。

日比谷公園を横目にみながら、飯野ビルの向かいにある通産省にいく。現在の特許庁ビルである。日比谷本社ビルから歩いて5分の距離だ。電電公社から電子政策課に出向していた金光秀夫が前任。金光が児西を電子政策課長の伊藤寛一、総括班長の中野正孝、技術班長の三宅信弘、その他の課員に紹介する。発令の当日なので、通産省での挨拶はここまでにして、データ通信本部へ挨拶にいく。辞令をもっていちいち挨拶を繰り返す。これもしきたりだ。窓側にすわっている管理職達と知人に挨拶してまわる。 「やあ、君なのか。今回からは、もっと政策的な仕事をやらせてもらうことになったから、がんばってくれ」ある管理職がこのようにいう。 「中野さんにそうお願いしておいたので、…」 とっさに頭の中で、中野さんをサーチする。ああ、先程の総括班長。しかし、この人とどういう関係なんだろうと思いつつも、順番に挨拶を継続していく。これも疲れる仕事だ。

翌日から通産省、電子政策課に出勤する。 機械情報産業局内では、電子政策課、電子機器電機課、情報処理振興課の三課をまとめて情報三課と呼ぶ。電子機器電機課は、コンピュータ業界、通信機業界を所管している。情報処理振興課は、ソフトハウスやSI業者などのソフトウェア業界の所管だ。このように業界を直接所掌する課を原課という。普通の局では、その上に全体を束ねる形の総務課がある。機械情報産業局では情報産業に関してだけであるが、総務課と原課の間に中二階のように電子政策課がある。電子政策課はこの両課を束ねる形で、情報産業政策全般を所掌する。年度毎の政策を立案する時には、電子政策課は三課の取りまとめ役をし、総務課へは電子政策課が説明する。電子政策課と情報処理振興課の課長は事務官が、電子機器電機課の課長は技官がなることになっている。金光からの引き継ぎで最初に教わった内容がこれである。後は今から引き継ぐ具体的な仕事をやりながら覚えていけばいい、と金光はいう。

電子政策課では、技術班に所属することになる。技術班以外には、総括班と国家予算を補助金として交付したあとの監査を行う開発班がある。開発班の業務はラインの仕事であるが、総括班、技術班は政策スタッフの役割をになっている。技術班の職員は、全員が社会システム開発室を兼務する。金光から引き継いだのは、この社会システム開発室の仕事だ。

社会システム開発室は、機械情報産業局(略称、機情局)が所管する産業技術を使って社会のインフラや地域コミュニティに役立つシステムを開発してその普及をはかるのが役割だ。ここで、児西は会話型のCATVシステムの開発や農業の情報化を促進するのが担務になった。児西が担当するこれらのシステム以外には、医療情報システムなどがあるという。医療システムとしては、ヘルスケア・ネットワークの構想なども進行中のようである。引き継いだ内容は、特に政策的な仕事ではないという気がするが、いつか引き継いだこととは違う仕事が降ってくるんだろうと考える。

通産省での生活が始まる。オフィスにいる間は、ひっきりなしに人と会う生活である。電子政策課の入り口を入ると、右側にソファーのコーナーがある。そこでは、メーカの通産担当がタバコを吸っていたりする。このあたりの体制は、専属の通産担当を置く会社、何かあれば官公庁営業が出てくる会社などメーカによりまちまちである。日本IBMにも専門の通産省担当者がおり、ソファーで総括班長の中野と雑談をしていることがよくある。IBMと接触するのは、総括班長の仕事らしい。対策をする方も、対策の対象にされる側も、日常的に、普通に顔を合せてコミュニケーションをしている。新聞記者も、取材の時にはこのソファーにきて話を聞いていく。

最初はともかく多くの人が児西に挨拶をする。新任の役人というので、電子政策課に出入りする団体の人は、児西と仕事上の関係がなくとも挨拶をして名詞を交換する。 課全体の雰囲気は、雑誌の編集部のように人の出入りが多く活気がある。課員は全体で二十数人。これだけの人間が狭い部屋に机を詰め込んで仕事をする。もともとこのビルは特許庁向けに建てられたのだが、本省のほうが間借りしている。部屋のつくりも見通しのいい大部屋ではなく、課ごとに仕切られている。ただし、窓側で隣の課とつながっており、相互に行き来できる。

電子政策課の様子も少しずつ分かってくる。総括班の係長は歴代、大蔵省から若手キャリアが出向してくる。総括班には、銀行からの出向者もいる。となりの電子機器電機課にも、電電公社からの出向者が座るポストがある。このようにかなりの人間が外部から出向してきて、通産省の役人としての権限を与えられて活躍している。 個々の担当官は自分の担務を、独立に、個人プレーでこなしていき、課全体の会議などは一年をとおして、殆ど開かれることはない。この流儀は、電電公社とは大きく違っている。商社の特徴を「人の物産、組織の商事」と称することがあるが、通産省は完全に「人の通産」であり、個人プレーの世界だ。 金光からの引継ぎで、出勤時間は午前十時から十時半の間には出てくるようにと言われているので、児西は毎日その時間帯にオフィスに姿を見せる。ほんの一仕事すませたところで、虎ノ門のあたりに昼食に出かける。この昼食の時間は、唯一の情報交換の場だ。昼夜をとわず人と会う。国会が開かれているときには、待機で夜中までいることも多い。全体に夜型の生活になる。

児西の着任後まもなく、電子政策課長が伊藤寛一氏から前田典彦氏にかわる。前田課長は、電子政策課長としてはめずらしく機情局の経験は今回が初めてである。国際畑の経験が長いらしく、サムソナイトのアタッシュを持ち歩く。この当時は、風呂敷きに書類を包んで持ち歩く役人もめずらしくない時代である。ヨーロッパのどこかの工場で特製したものだという少し大き目のサムソナイトが自慢である。 通産省では、課長と班長の間にはかなりの年次の開きがある。この課長になるまでの間に何をしているかというと、多くの人が海外を経験する。外務省に出向して海外の大使館に勤務するか、或いは日本貿易振興会(JETRO)に出向してやはり海外で勤務する。このようなコースを歩んで経験と見識をみがくのである。本省の課長ともなると仕事は、議員の先生方のお相手などほとんど政治レベルの話が中心で、日々の業務から政策立案にいたるまで各班の班長がすべてを仕切っているのが普通だ。

(2005.10.20)


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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:37 JST (3983d)
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