連載物語/電電公社、通研へのアプローチ (2.3.4)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第2章 船乗りを集め、地図をつくる

研究者を集める (2.3)

  • 電電公社、通研へのアプローチ (2.3.4)

電電公社の通研へは、公式の筋をとおして通産省の役人がインタビューを申し込めば面倒になる。第五世代の構想を話して意見や感想などを聞くだけであっても、軽い気持ちでというわけにはいかなくなるのだ。通研でよく知っている仲間は、DIPSの実用化部隊として横須賀にいる。しかし今回は武蔵野の基礎研究部にいる誰かに面接したい。そこで児西は、池野特別研究室で室長補佐をしている村上国男に電話をする。

「以前、一度お会いしたことのある児西です。覚えていますか、いま通産省に出向してきています。……」と村上に事情を説明し、通研でインタビューすべき相手の名前をあげてもらう。「純粋にハードウェアのアーキテクチャなら横須賀通研のY研究室長」「将来のビジョンが中心なら池野特別研究室長」「しかし、通産省の役人として会うならやはり巌さん」「え、ガンさん」「戸田デ通統括のことです」デ通とは、データ通信研究部の略称で、統括というのは統括調査役というポストの名前だ。ちなみに、通研では、組織名は大体二文字を組み合わせた記号で表し、外部の人間が聞いても全然分からない。このような習慣が、電電公社の文化圏をよりいっそう閉鎖的にする。「戸田巌さんですね。戸田さんには別途お会いするとして、ではその池野さんを紹介してください」「ではスケジュールをとりましょう」

このようなやりとりの結果、武蔵野通研に池野特別研究室を訪ねる。どのような方なのかは知らないが、渕が作成した系図にのっている研究者だ。しかも、名前を冠した特別研究室長というのは、いわば通研の研究フェローということだ。しかし池野室長への面会は空振りに終わる。池野は児西に将来のコンピュータシステムでは暗号が重要になることを指摘する。その後は、暗号理論の解説を淡々と聞かせる。いかん、ここでも対IBM戦略などには関心のない研究者に出会ってしまった。これが児西の感想である。インターネットの時代など予想もできない1978年のことだ。

ともかく、池野室長室から出てがっくり肩を落としているところに村上が、「どうだった、児西君」と声をかける。児西が率直な感想を述べると、村上はアーキテクチャを議論したいならと言って、急に自分の考えをしゃべり始める。やせてはいるが血色のいい顔を紅潮させて、いきいきとしゃべり続ける。彼が手がけているポリプロセッサ方式による機能分散コンピュータの内容が中心だ。この話を聞きながら、児西は標的と考えていた人の隣に獲物を発見という気分になる。村上は今回の通産省の政策に興味をもっていろいろと質問を始める。

「ところで、アーキテクチャをテーマにする分科会をつくるつもりです。主査は誰にすればいいと思いますか」児西が聞く。「慶応大学の相磯先生。相磯先生以外には考えられない。また、先生はいいお弟子さんを育てていらっしゃる。元気のいい坂村健君や所真理夫さんなど、……」村上が答える。やはり、相磯先生が正解のようだ。はやく、アポイントをとってお願いにいかなくてはと児西は思う。

この村上との再会の後、村上と児西は長い付き合いをすることになる。プロジェクトの企画段階では委員会など表面に出てくることはなかったが、ICOTが設立されたときに、村上は第一研究室の初代室長として登場することになる。

通研というのは奇妙な組織で、優秀な研究者に対して人事・育成ラインを経験させたり、サービス部門の経験をさせることがよくある。児西が最初に村上に出会ったときには、彼は情報特許部という特許情報を研究所内にサービスする部門にいた。今回の出会いでも、研究室の室長補佐というどちらかというと雑用をするポストにいる(もっとも、この時期に村上は博士論文を執筆中であったが)。このようなキャリアを歩むとみずからをやくざ稼業と称して、研究者というよりは組織人の道を選択するようになる。当時から、通研は天下の秀才を大量に採用して駄目にしていると陰口を聞かれていたものであるが、それはこのようなキャリアパスを選択する人々のことを言っていたようだ。

村上国男の場合には、みずからを「こんぺい糖」と称していたように、角がありすぎて頻繁に周囲とぶつかり、その挙げ句にこのようなポストにほうり込まれていたのかもしれない。しかし、村上国男はやくざ稼業ではない生き方を選択する。水戸っぽで、弓道をたしなみ、ICOTの第一研究室長時代に所内のジャーナルに「目を瞑って、心眼で弓を射る」というこころの世界と研究の世界を同じ次元で論じるエッセイを書いて話題になる。水戸の侍であった。児西は、通産省から電電公社に復帰して横須賀通研に配属されて後、村上国男と親交を深めることになる。


                      


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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:37 JST (3944d)
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