連載物語/國井利康 (2.2.3)

メインメニュー

Top > 連載物語 > 國井利康 (2.2.3)

わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第2章 船乗りを集め、地図をつくる

  • 七人の侍を集める (2.2)
  • 國井利康 (2.2.3)

東大理学部情報科学科に電話をして國井教授に面会を申し込む。普段は大型計算センタにいるのでそちらに来て欲しいとのことだ。地下鉄千代田線の根津駅でおりて、ゆっくりと坂道を登っていく。計算センタの國井教授の居室で、児西は通産省がなぜこのプロジェクトを始めようとしているかを説明する。例の第一回委員会の冒頭で説明する「檄文」である。國井教授は独特の息急き切るような口調で話し始める。

「やっと通産省が立ち上がったかという思いです。これをやらなければアメリカにやられてしまう」「私もいままで問題意識をもって活動してきたが、たとえば富士通の池田さんのように優れた、話しが分かる人はあんなことになってしまう。もうやめてしまおうかと思っていたところです。通産省はやっと本気になったのですね」「情報処理の世界では、ハードやOSを専門にしている人々とソフト工学やデータベースの人々の間にギャップがありすぎる。ソフトも含めたアーキテクチャを考えないとだめです」など立て続けに意見を述べていく。

國井教授との会話を通して、この人は、今から始めようとしているプロジェクトが単なる委員会ではないことをちゃんと理解する人だということを児西は認識する。國井教授が話してくれる米国の状況。産学あるいは産軍学がどのように結びついてコンピュータ技術を開発しているのか。彼が一年のうち何ヶ月かを過ごすテキサス大学オースチン校でも研究室が石油資本やNASAの資金のもとで研究をしている。このような研究の成果は積極的に産業界に移転されるという。

「ところで児西さん、コーヒーは好きですか」児西がうなずく。「ではコーヒーをいれましょう」と自らコーヒー豆を挽き、メリオールのポットで粗挽きのコーヒーをいれる。「これはコーヒーのサワーです」と言いながらカップではなくグラスに注いで児西に渡す。児西はそのグラスを見て首を傾げ、柔らかい口当たりのコーヒーを飲む。國井教授は話し続ける。「もともと私は、化学を専攻していたのです。化学の問題を解くためにコンピュータを使っているうちにこちらの世界に来てしまった。しかし、やはり化学者としての発想が抜けないので、情報処理の世界で分子や原子に相当するものは何なのかを常に考えます。ところが情報処理の世界では、あまりきちんとした原理や法則はないのです。最近研究しているデータベースの世界も、フォーマルに記述できないのです」「データベースを専門にしていらっしゃるのですね」「いや、最初はコンピュータ・グラフィクスを始めたのです。あの森英恵さんと組んで……、」「え、……」「あの服飾デザイナーの森英恵さんです。ミニコンをトラックに積み込んで箱根まで行って森さんと合宿したものです。しかし、現在のコンピュータでは生地のテクスチャーをうまく扱えないのです。そこからコンピュータ・グラフィックスに取り組み始めます。また、情報を蓄積する手段としてのデータベースの世界にも興味をもってきたわけです。しかし、どうもきちんとした理論や方法論のない世界は気持ちがわるい。ソフト工学の中にその可能性はないかと最近はソフト工学にも首を突っ込んでいます」

日本IBMはこの当時、大学の先生がたを毎年米国IBMのサンノゼにある研究センタに一年間客員研究員として招いている。國井教授もこのプログラムにのってサンノゼを経験している。IBMはサンノゼの研究所で、ディスク装置の研究開発やデータベース管理システムなどの研究を行なっている。このため國井教授は、リレーショナルデータベースの提唱者として有名なE.F.コッドなどIBMの研究者をよく知っている。また、日本IBMとのつながりもつよい。國井教授は、自分が組織して開催するセミナーに児西を招待してくれる。日本IBMが毎年テーマを変えて開催していた天城のセミナーである。今回のテーマはソフトエンジニアリングであるという。

このセミナーの場で、國井教授は児西が後年つきあうことになる何人かのコンピュータ科学者を紹介してくれる。電電公社、通信研究所の後藤滋樹、後に北海道大学に移ることになる当時京大の田中譲、米国パーデユー大学のS.B.ヤオ等である。米国IBMでQBEを開発したズルーフもこのセミナーに参加していた。天城で、食事の最中の会話である。「児西さんは、アフター・ファイブ・カンパニーという言葉を知っていますか」と國井教授。同じテーブルにはズルーフとS.B.ヤオがいる。「え、 」という表情の児西。國井教授は、ときどき急に話題を変える。児西はとまどいながら教授の顔をみる。「会社や大学に拘束される時間外に自分のプロジェクトをやったり、自分の会社をもっていたりする。米国では、能力のある人間は誰でもそれをやっています。つまり、アフター・ファイブ・カンパニーです。第五世代でも必要ならこのようなアフター・ファイブ・カンパニーを使うのも手ですよ。目の前にいる彼らだって話せば乗ってきますよ」

未知の世界に挑戦するプロジェクトを始めるのであるから、このように研究ばかりではなくオーガナイザーとしてのセンスを兼ね備える人が必要になるはずである。そして、國井教授は第五世代委員会の体制に入ることになる。


                 


          




トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:37 JST (3944d)
© Knowledge Produce Inc., 2005.