連載物語/渕一博との出会い (2.3.1)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第2章 船乗りを集め、地図をつくる

研究者を集める (2.3)

  • 渕一博との出会い (2.3.1)

このときの渕一博と児西の出会いは、上前淳一郎の著わした「ジャパニーズドリーム(講談社)」に生き生きと描かれている。このシーンを読みかえすとき児西はおもはゆい気がするがそのときの雰囲気がうまく表現されている。以下、「ジャパニーズドリーム」からそのシーンを引用する。


夢は火花で通じた

九月初めのある日、渕は突然、見知らぬ若者の来訪をうけた。通産省電子政策課児西清義、と名詞にある。「じつは……」と児西は少しばかり長くて面倒な説明を始めた。「あ、これが例の通産省の気が狂った人たちの一人か」渕はそう思いながら、表情だけはいつものようににこやかに、話を聞いた。聞くうちに、おや、という気持ちがしはじめた。話の内容ははっきりしているし、非ノイマン型の第五世代という考え方に通産省がたどりついた事情を、実に理路整然と相手は語っていく。「ただの頭の中の作文、と思ったのは、いけなかったかも知れない」しだいに話に引き込まれていく自分を、渕は感じた。通産省は本気なのだ。ここまで真剣に考えている若手官僚がいることに、彼は驚きさえかんじた。これはもう、単なる事務屋の発想をはるかに超えている。むろん、IBMのくびきから脱するために非ノイマン型を、というふうな発想は事務屋だけのもので、技術屋にはまったくない。渕たちは純粋に技術的な理由だけから、新しいマシンを求めている。

しかし、通産省がしようとしている最大の問いかけは、コンピュータの世界に日本人の独創的な知恵と技術が発揮される余地はないのか、ということだ。同じ問いを渕も抱きつづけている。そしてその問いに、いずれ自分自身で答えを見つけなければならない、とも感じてきた。「じつに鋭い問題提起だと思います。ぼくは噂だけ聞いて、誤解していたところがあるが、…」渕は素直にいった。「私たちは、アメリカのシンクタンクに調査を依頼してみたのです。その回答がとどきました」児西はADLから届いたばかりの英文の報告書を広げてみせた。渕はいっそう興味がかき立てられるのを覚えた。そこまで手をつけているのは、通産省が本気であることのもう一つの証しというべきだろう。報告書のページを繰りながら渕は、児西が前に座っていることなど忘れたように、読みふけり出した。熱中すると周囲のものが目に入らなくなるのが、彼の癖である。

「非ノイマン型の必要性は、アメリカ国内でも議論されている。しかし、今の段階では、その開発に手はつけられていない」レポートにはそう記され、なぜ非ノイマン型が必要と考えられているかが具体的に述べられていた。それは、渕たちが電総研内部で議論している内容と、ほとんど同じだった。「第五世代をやる、ということについては、すでに機情局長も了解しています」長い時間をかけて渕が報告書を読み終えると、児西はいった。「ただ、どういふふうにやるのか、従来のように補助金方式にするのか、どういう人、あるいは機関に中心になってもらうべきなのか。そうしたことを含めて、私たちにはまったく見当もついていないのです」「……………」「どうでしょうか、渕さん。この報告書を叩き台に、通産省と電総研の間で、勉強会をやっていただけませんか」「勉強会を、ね」「はい、こちらの考えをもっとよく理解していただきたいと同時に、私たちは技術上の問題を勉強させてもらいたいのです。JECCに勉強会の受け皿を頼んであります。あそこに部屋を借りて、やりましょう。こっちからは電子政策課の課長補佐以下、若手数人がでます」

こちらも、パターン情報処理をやっている連中を中心に、若手が出ることになるな、と思いながら、渕はしばらく黙っていた。一つ、気になることがあった。役所の組織からいうと、電総研がその中にある工業技術院は、通産省に属している。だから本来電総研は、本省のいうことに異を立てられないことになる。しかし、研究者、技術者というのは、非常にプライドが高い。本省の事務官から何かいわれると不必要なまでに反撥してみせるところがある。事務屋のいうことなんて、おかしくて、というのだ。六月に、通産省が第五世代を考えていることを耳にして、みなで笑った裏側にも、それはこっちの領分だぞ、という研究者たちの誇りがじつはあった。むろん、それは、勉強会を持つうえでの重大な障害ではない。話せばわかることだ。気にすることはない、とすぐ思い直した。

「渕さん、私も技術屋です」渕の頭を一瞬通り過ぎたかすかなためらいを見て取ったかのように、こちらの目をじっと見つめながら児西はいった。「コンピュータの知識と技術について、相談する人は渕さんしかない、と私は思ってきました。だからどこよりも先にここへ来たのです。ぜひ引き受けていただけませんか」「わかりました。まず勉強会からやりましょう」相手の目を見つめ返して渕は答えた。その瞬間、二人は同時に、お互いの目と目の間に、ぱちぱちっ、と火花が散り、何かが通じあったように感じた。

たしかにその一瞬、二人の間にはある共通の感情が通い合っていた。それはいわば、お互いに同じ夢を見ているのだ、という親密な共感のようなものだった。三十四歳の中野が見た夢は、三十二歳の児西を通じて、いま四十二歳の渕の夢と一つになった。現実になるまでには、おそらくおびただしい障害はあるだろうけれども、それは若さだけが見ることのできる日本の夢だった。

(以上、上前淳一郎「ジャパニーズドリーム(講談社)」からの引用終わり。ホームページ用に横書きにしているので改行などは修正した。)


この感動的なシーンの後、児西は渕に二つの宿題をお願いする。若手研究者として誰を勉強会に集めるかを決めることが一つ。もう一つは、日本のコンピュータ研究の初期を支えたパイオニア達の系図を作成することである。この系図を知る目的ははっきりしている。今から始めるプロジェクトで誰に委員長をお願いするのか。この答えは、パイオニア達の系図の中で誰もが当然と考える人でなくてはならないであろうから。次に渕に会うときは、この系図を見て委員長の候補にめどをつけることにしよう。このように考えながら、推論研究室を出て踊り場のある、擦り減った石の階段を降りる。門を出て電総研を振り返る。蔦の絡まるその建物は、今から始まるドラマにはふさわしいとは言い難く古風である。


                   


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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:37 JST (3944d)
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