連載物語/IBMの足音が聞こえる (1.9)

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わが旅、次世代コンピュータ

第1編 第五世代への旅

第1章 新しい産業政策を

  • IBMの足音が聞こえる(1.9)

黒船はチャンスか (1.9.1)

中野が第五世代プロジェクトの位置づけをどうするか考えている時期に、日本IBMのプリセールス問題が発生する。コンピュータメーカが、新製品の営業活動を行なうのは、製品の発表をすまし、出荷が可能になる時期を明らかにしてから行なうのが業界のフェアなルールである。プリセールスとは、この製品の発表前にもかかわらず、あたかもすぐにでも出荷が可能であるかのようなセールストークで、新機種の売り込みをすることである。

IBMのように市場に影響力のある企業がこれを行なえば、国産メーカの営業活動を効果的に妨害することができる。顧客の側からすれば、IBMの新製品がもうすぐ出るのであれば、国産メーカと進めている商談を中断して、少し様子を見ようという気になるからである。中野は、日本IBMがこのようなアンフェアな営業活動をしていることをつきとめて、日本IBMにきついお灸をすえる。このプリセールス騒動で、中野はIBMの次期中・小型シリーズ、開発コード名「Eシリーズ」の発表がそう遠くないことを知る。IBMの80年代に向けた戦略の第一歩が踏み出されようとしているわけだ。この状況は、「黒船」として予算の獲得に利用できる。ある意味で、チャンスだ。もう一度は補助金プロジェクトが許されるかもしれない。

結局、中野はVLSIプロジェクトの後継として、IBMの次世代対抗のプロジェクトをスタートさせる決断をすることになる。実際のところ、Eシリーズという「黒船」は、パンチ力十分で、ふたたび、補助金プロジェクトが正当化されることになる。つまり、VLSIの後継プロジェクトとして、俗にいう「OS、周辺・端末」プロジェクトが、1979年度からスタートすることになる。

1978/79年のIBM (1.9.2)

IBMは、1960年代の半ばに、汎用コンピュータをラインアップするシステム360の出荷を始めて、市場での支配を強化する。1970年代の初頭には、仮想記憶を塔載したシステム370を発表し、他社に水をあける。1978年時点でみると、中大型コンピュータの設置台数ベースで、シェアは64%を占めている。先端技術の開発が死命を制するコンピュータ産業の競争は激しく、敗れたものは姿を消していく。汎用コンピュータの歴史はIBMに戦いをいどんだメーカの撤退の歴史でもある。この中にあって、国産コンピュータのシェアは合計で7%程度であるが、通産省の政策の後押しもあり、なんとか踏みとどまっているという状況であった。

70年代のコンピュータ市場は、IBMの寡占状態である。このため、米国でIBM社は、テレックス社から独占禁止法で訴えられている。この裁判は延々と続く。この訴訟の過程で、IBM社の内部資料が明るみになる。その資料の中に同社のフューチャーシステム(FS)の開発構想に関するものがあった。この内容はシステム全体を思い切って応用指向に変更するというドラスチックなものであった。ところが、この開発計画は1970年代に半ばに失敗し、中止されることになる。失敗の理由は、本格的に応用指向にして、人間にとって便利な、個別のシステムを開発しやすいレベルまで機能を拡充しようとすれば、ソフトウェアが重くなり過ぎる。とても当時のハードウェアの上では動作できないと判断されたためだと言われている。まだ当分は、利用者がコンピュータに合せてプログラムを開発しなければならないわけである。しかし、失敗したとはいえ、このような開発プロジェクトがあったという事実だけでも国産各社にとっては脅威であった。いつこのような革新的な研究開発が再開されるか分からない。

このように国産各社がFSの影に不安を感じている時期に、IBMの汎用コンピュータのうち中・小型機種が1979年1月に発表される。発表前には、開発コードが「Eシリーズ」と言われており、日本IBMがプリセールス問題を起こした製品ラインだ。この発表時に、Eシリーズ機種は、従来機種に対してコストパフォーマンスが8倍に向上するという情報が流れ、国産各社に衝撃を与えた。中小型の次に発表されるのは主戦場である上位機種である。その開発プロジェクトは、コード名「Hシリーズ」として知られている。中・小型の発表から一、二年後に予想される「Hシリーズ」の発表までの間はいつ黒船が来るか、激震の予感の中にじっと相手の動きを見守っているという状況である。

IBMには、システム32、システム34と呼ばれる機種がある。汎用コンピュータとは別のSBC(Small Business Computer)と呼ばれる製品ラインだ。このSBCでも、Eシリーズ発表とほぼ時を同じくして、システム38という変わり種のマシンが発表される。システム38のアーキテクチャは、革新的であった。従来からあった記憶階層の概念をなくして記憶空間全体を一つの巨大な空間としてとらえる方式、ワンレベルストアーを採用している。また、記憶空間の管理にオブジェクト指向の考え方を導入した。プログラムもデータもすべてオブジェクトとしてアクセスが管理される。このシステム38の登場は、IBMのように大きなカストマーベースをもっていても、互換性のないまったく新しいアーキテクチャのマシンを出荷することがあることを意味しており、Hシリーズ前夜を一層不気味なものにした。それに加えて、分散処理をねらったプロセッサ8100を発表する。IBMの次の時代への戦略が足音だけではなく、現実のものとして目の前に現われはじめたのである。いまや、ベールをかぶっているのはHシリーズだけである。

1979年とは、IBMが次世代に向けて打ち始めた一連の動きが大詰めをむかえ、最後の仕上げがどうなるかを注視している時期であった。この年の4月に、第五世代コンピュータプロジェクトが始動をはじめる。


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Last-modified: Tue, 30 Oct 2007 11:24:34 JST (4005d)
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